虹の根元を探してごらん。そこには宝物が埋まっているから。




のどかな景色の中をコーラルQはちょこちょこと歩いていた。
近頃散歩が日課になっていて、今日もまた一人で空を見上げたりしながら歩いていた。溜息を吐く。
懐かしき故郷へ帰ってきてから、もう結構な日が経つ――いや、こんな正確性に欠ける言い方では、またグラブに叱られてしまう。今日で二週間と六日目、だ。
グラブの事が心配だった。
彼はコーラルQが知る誰よりも、大人よりもしっかりしたとても賢い少年で、だからいつも彼に大丈夫かと心配されていたのはコーラルQ自身の方で、だから残された彼を心配する必要などないのだが。
あの子はうまく笑えない子だった。
この王を決める戦いで、最終段階という所まで残って帰ってきたコーラルQの話を、家族や周りの者は詳しく聞きたがったのだが、最低限の返事をするだけであまり話そうとはしなかった。お調子者のコーラルQのこの態度を皆不思議がった。早々に帰ってきたならともかく、この時期まで人間界に残っていたとあれば例え負けたとはいえ多少なりとも誇りに思ってもいい筈なのに、と。
彼はグラブの事を考えていた。
戻ってきてからずっとグラブの事が心配で、一人で考える事が多くなり、それで散歩へ出かけるようになった。考え事をしながらただただひたすら歩き続けるだけなので、気付けば随分家から離れた所まで来ている事も多々あった。
そして今日も、それだった。
「…ピポ…どこだ、ここは?」
しかも今日は、全く見た事もない場所まで来てしまっていた。辺りを見回す。垣根。背を伸ばす。野原。初めて見る景色。来た方角も判らない。――まずい。コーラルQは青ざめた。
――…コーラルQ……コーラルQ?何やってるんだよ、お前は…
「グ、グラッ――」
もう隣にはいない少年の名を呼びかけた時――ボンッ。
「痛ーーッ!」
自分の頭部に直撃して草むらに転がったものを見るとそれはボールだった。
「ボール、そっちよ!」
「…あら?誰かいるの?」
「だ――誰ピヨ!このコーラルQにこんな――!」
草むらから飛び出し――コーラルQはぴたりと動きを止めた。
少女二人に、蛙に似た魔物。
知っている。
「――属性水、パティにビョンコ、属性操り、千年前の魔物レイラ…」
無意識に口から出てきた言葉を聞いて、美しい銀髪を持つ少女がその愛らしい顔をしかめて言った。
「…そっちこそ誰?ここは私の家の私有地よ、私達だけならともかく、レイラの事まで知ってるなんて貴方は何なの?」
「そうだゲロ!怪しい奴!」
「ピポパッ、私の名前はコーラルQだ、何故君達の事を知っているか?――」 詰め寄る少女達にコーラルQは答えた。 「私はずっと他の魔物の事を調べていたからだ」
ああ、と宵闇の色の髪の少女が言う、「貴方…王候補の一人だったのね?」
「ええっ!? こんな弱そうな奴が!?」
「コラお前!弱そうとは何だ!!」
――…もう一度言ってみろ…まあ言っても言わなくても、今ここにいるって事が嫌になるぐらいの後悔をさせてやるけどな――
きっと、グラブが今隣にいたならば、相手がこんな幼い少女だろうとお構いなしに、静かに凄絶なる反論をしていたに違いない。 彼はそういう子だったから。ポンコツだとかチープなデザインだとか、自分ではコーラルQの事を散々に言う癖に、自分以外の誰かがコーラルQを少しでも悪く言うと、こちらが震え上がってしまう程の応酬をするのだ。
「ピッポッパ、甘く見るなよ私は強い!魔界へ戻ってきたのもついこの間だからな!ガッシュなどに倒されなければ今頃だって」「ガッシュちゃん!!?」
突然飛びついてきたパティにアンテナをがっちり摑まれた。
「貴方ガッシュちゃんと闘ったの!? どうだったガッシュちゃん元気だった何してた私の事何か言ってた!?」
「ピポーーーッ、お前、コラっ離せ!やめろ!」
「パティ、落ち着いて、それじゃあその子何も話せないわ」
レイラに言われてやっと手を離したが、パティは「ちょっと貴方」とぴしゃりと言った。
「こっちへいらっしゃい。全部話して貰うわよ」




「グラブはそんなに頭が良いのだから、それをもっと誇ればよいのだ!」
「…大した事じゃないんだよ、こんなの…大した事じゃ――」
コーラルQは少年の背中を見上げた。
「天才、賞賛するにあたらない、一種の精神病だ――フローベル」 振り返った少年は、にっこりと笑った。 「解る?コーラルQ。僕の"コレ"は、病気なのさ」




「さ・す・が!ガッシュちゃん!そんな闘いの中でも見事に逆転だなんてっ!ねえビョンコ!?」
「あーそうだゲロなー…」
コーラルQは花畑の中で三人を前に正座をしていた。さっきからずっとガッシュちゃんガッシュちゃんと言っているパティに、ビョンコはげっそり顔だ。レイラは静かに聴いている。
そうか、そういえばパティはガッシュの事が好きだった。だからデボロ遺跡でも、あんな無謀で理解不能な行動をとったのだ。――だから、本を燃やされた。彼女の隣のビョンコも。
いや――今コーラルQの目の前にいる三人全員が、彼に…彼らにとって全く理解できない行動をとったのだ。
「それで、貴方――コーラルQ?、私達のあの遺跡での戦いもずっと観ていたって事なのね?」
レイラの言葉にコーラルQが頷くと同時に、延々ガッシュの事を語っていたパティが「そうよっ!」と鋭い声を向けた。
「貴方――どうして?どこにいたんだか知らないけど、観てたのならどうして助けてくれなかったの、ガッシュちゃん達を!」
「ゾフィス率いる千年前の魔物達の力を100としよう。それに対しガッシュ達の力は5以下だった」 コーラルQは冷静に言葉を返す、「勝てない戦いをする訳がない。そしてあれは、今回の王を決める戦いに関係のない戦いだった」
――余計な戦いはしないよ…そもそも力を貸す理由がどこにある?千年前の戦士殿は、僕らが手を出さずともライバル達を消してくれるってのに!…
パティは黙っていた。華奢な肩が震えた。
「み…てた、んでしょ…ガッシュちゃん達が必死で戦ってるのも、心を操られてた人間達も、――レイラの事もッ!!」
「当然ピヨ、全て観ていた。だから、私もお前達に言いたい――ゾフィスに協力していたお前達に、私達の事をあれこれ非難される筋合いはない」
パティの表情が、凍りついた。ビョンコも。
悪意は、なかった。客観的事実を述べただけで。
「それに訊いてみたかった…お前達は何故あんな真似をしたのだ?あのままゾフィスに従っていれば少なくともすぐには本を燃やされる事もなく、王へと近づけていただろうに」 悪意は、なかった。 「お前達はバカピヨ」
ただ、本当に不思議だっただけだ。
「――ッ!!」
だから、何故またボールをぶつけられたのか、何故目の前の二人はこんなにも怒っているのか、理解できなかった。
「お前最低だゲロ何て奴だゲロ!!」
「そうよ最ッッ低ッ!ふざけるんじゃないわよあんた心ってものがないのこのちびロボット!バカはあんたよ!!」
「なッ――煩いピヨお前達だバカは!グラブだってそう言っていた!」
――莫迦だよな…何してるんだ?あいつら…人間の方もさ…
「グラブ?何?ああ、貴方のパートナー!? じゃあそいつも最低だわ、人間の癖に!そんな奴の言う事が何だっていうの!?」
「お前ッ!!」 コーラルQは立ち上がった、「グラブをバカにしたら許さないピヨ!グラブの言う事はいつも正しい、だからバカはお前達だ!」
「そんな奴の言う事が正しい訳ないゲロ!アルヴィンはそんな事言わないゲロ!」
「そうよウルルだって!ウルルはね、…そんな事言う奴、――いっちばん嫌いだったわ!今なら私も解る、バカは貴方のパートナーよ!」
「グラブはバカではないっ!!」
足元のボールを拾い上げ、思い切りパティに投げつけた。きゃ、とパティが悲鳴を上げる。
――熱くなるなよ、コーラルQ。大事なのは、いつもクールでいる事…お前なら出来るだろ?…
グラブが言っていた事も、今のコーラルQは完全に忘れていた。ダンダンと地団太を踏んで腕をぐるぐる振り回し叫んだ。
「違う違う違うグラブはバカではない!グラブは凄く賢いのだぞ!あんなに頭の良い者は見た事がないぐらいにな!我がパートナーグラブは素晴らしい人間だ!」
憧れだった。
「な――何よ!私のウルルの方が素敵だわ!ウルルはね他人の痛みを感じられる人だった!ガッシュちゃんには負けるけどカッコイイし!」
「アルヴィンだってカッコイイゲロ!生活に役立つ知恵を沢山教えてくれたゲロ凄いゲロ!」
「プン、お前達、ウルルにアルヴィンというのはあの長髪の男と爺さんだろう?大人だろう?グラブは子どもだ私達とおんなじな!」
心から、凄いと思った。
「凄いのだぞとても頭が良くて!冷静で!敵の弱点をたちまち分析できて!何でも知っていて色んな事を教えてくれて!」
自分も彼の様になりたいと。
「グラブの言う事はいつも正しかった!」
パティが投げ返してきたボールをコーラルQも放り返す。喋る度に互いにボールのぶつけあいが繰り広げられた。
「私が強いというのもあるがグラブのお陰で私達は一度も負けた事がないのだからな、ただの一度もだ!引き分けさえもなかった!どうだ凄いだろう!」
無敵のヒーロー。
あの子は、憧れだった。
「何よガッシュちゃんに負けた癖に!」
「痛!――あれは私達が弱い所為ではない!大体あと一歩の所まで追い詰めていた!」
「ゲロッパ、アルヴィンの方が凄いゲロカッコイイゲロ優しいゲロ!オイラにクッキーをくれたゲロ!」
「ウルルだって優しいわとても!いっつも私の事気遣ってくれて、庇ってくれて、ご飯も作ってくれたし!」
「グラブだって――」 ボールを持ち上げた手がぴたりと止まる。
…優しかっただろうか、グラブは。ピーガーと調子が悪くなる度本や硬いものでガンガン殴られた。平気で酷い事を言ってきた。おやつはたまにしか分けてくれなかった。本当にやばい時は一人で逃げるからなと堂々と言った。君を分解させてくれと毎日毎日怖い眼で言ってきた。一番ショックだったのはあれだ、頭がキレるばかりか口が恐ろしく達者なグラブに敵う訳もないのに彼と口喧嘩になりかけた時、あんまりにも腹が立ってついお前などもう私の友達ではないと言い放ったコーラルQに
「お前と友達だった覚えなんか生まれてきてから一度だってないね」
間髪いれずにグラブがまるで表情を変えずに言ってきた事だ。
あれは激しく落ち込んだ。一週間ばかり立ち直れなかった。コーラルQはずっとグラブを友達だと思っていたのに、彼の方はそう思っていなかったのだ。 自分はグラブにとって一体何なのかと。
でも――彼はコーラルQの事を、気に入っていると言ってくれた。 殆ど他人を褒めたりしないグラブが、自分の事を、最高のパートナーだと。
それに、自分といる時に彼が見せたあの笑顔――あれは――
「――グラブだって優しいピヨ!!」
思いっきりボールを投げ返した。
今考えてみれば――或いは自惚れや、思い込みかもしれないが――グラブは、自分には優しかったような気がしてならない。 他人の事なんてどうでもよく、自分の事にしか興味が無いと公言していた彼だったが、そして事実、彼の他人に対する態度というものはコーラルQから見ても実に辛辣であったのだが――何故か、コーラルQには優しかった。
甘かった、と言い換えてもいいのかもしれない。とにかく、コーラルQに対しては他の者達よりも手厳しくなかったというのは確かだ。 食事中にコーラルQが口の周りを汚していれば、すぐに気付いて拭取ってくれたし、たまに歩き疲れたと言えば、少しだけだからなと言って肩に乗せてくれ、ホテルのベッドでグラブの隣に潜り込んでいるコーラルQに、今までに読んできた無数の本の内容を完璧に憶えている彼は、本当に色んな話をしてくれた。 そしてこれは本当にたまに、数えられる程度の事であったが、頭を、撫でてくれた――微笑んで。
あの子のこれらの行為や気持ちを表す言葉を、"優しさ"以外にコーラルQは知らない。そしてそれは、間違っていない筈だ。




「コーラルQ、あんまり下らないものを観るんじゃない」
ホテルで子ども向けの変身ロボットものアニメ(グラブに教えて貰って初めてこの言葉を知った)にコーラルQが熱中していると、テーブルで書き物をしていたグラブにそう言われた。
「お前は賢いんだからそんなの観るなって…バカがうつる」
「ピポパッ、下らなくなどないぞ、何てたって変形シーンが素晴らしい!」
「そういう子ども向けのヒーローアニメってさあ、必ず徹底した勧善懲悪を説いてるじゃないか、それがくっだらないんだよ。ばっかばかしい」
「む?何がだ?」 コーラルQは首を傾げる、「掲げるものは正義だろう?別にいいのではないか?」
「正義ねえ…」
グラブはきちんと椅子にかけてある白衣の内ポケットを何やらゴソゴソと探り、左手を丸めて手招きした。
「コーラルQ、ちょっとここ見てごらん」
「ピポ?」
親指と人差し指が丸まった部分、わずかに開いた所を覗いた途端――カッと強烈な光が眼を直撃した。
「ノォ――――ッ!!」 突然の事にコーラルQは絶叫し、目を覆った。 「ブ、な、何だそれはグラブ!?」
グラブが手を開くと、小型のペンライトだった。彼はとにかく色んな道具を持ってきている。
「強すぎる光は人を盲目にする」 ぱちりとライトの光を消す。「それは何をも寄せ付けぬ正義の光。それは悪よりもタチの悪いもの。光だけしか持たないよりも、ちょっとばかりの暗闇を持っている方がちょうど良いと僕は考える」
ペンライトを軽く放ったりして玩びながらグラブは言った。
「それにね、コーラルQ。アナトール・フランスはこんな言葉を残してる――もし悪が存在しなければ、善もまた存在しない事になる。悪こそは善の唯一の存在理由なのだ」
グラブは空を舞うペンライトをぱしりとキャッチした。 「光っていうものは、輝く為には必ず暗闇が要るんだよ。お前は暗闇を持っているかい、コーラルQ?」
彼の中には、どんな暗闇があったのだろう。




「…っじゃあ、お前達のッパートナーは、5桁の掛け算をすぐにできるか!?」
「あーらそれじゃあそちらは高級料理よりもずっと美味しいクリームシチュー作れるのかしら!?」
「綺麗でおいしい野菜の育て方知ってるゲロか!?」
既に三人とも倒れこむように座って言い合いをしていた。ボールのぶつけあい、怒鳴りあいでへとへとだ。それでも皆言い合いをやめようとしない。
「アルヴィンはオイラをおんぶしてくれたゲロよ!」
「ウルルだって!抱っこもおんぶもしてくれたわ!」
「わ――私は、グラブは肩に乗せてくれたぞ!私もグラブを肩に乗せたし!」
「は?グラブっていうのは小人なの!?」
「だから私が変形してだな!」
それまでずっと黙って三人のやりとりを見ていたレイラが、「ふふふ」と笑い声を漏らした。
見るとレイラはにこにこしている。
「パティも、ビョンコも、コーラルQも」 レイラは微笑んだ。 「パートナーが大好きなのね」
思わず顔を見合わせた。大好き。
そういえば自分達は何故こんな言い合いをするようになったのだったか。三人揃って途中からは「自分のパートナーこそが一番だ」という事を主張しあっていただけだった気がする。
「お別れの時は凄く辛いけど…だからこそ、一緒に過ごしていた時間が何よりも尊いものになるのよね。そう考えると、私は幸せなのかしら?素晴らしいパートナーに二人も出会う事ができたんだもの」
レイラは立ち上がり、座り込んでいる三人の輪の中へ入ってきた。
「私も大好きよ、どちらのパートナーも」 そこでレイラは悲しそうに、「…最初のパートナーとは…ちゃんとしたお別れもできなかったけど…」
ゴーレン。あの遺跡にいた千年前の魔物達は皆、彼の術で本ごと石にされたと言っていた。
「コーラルQ、貴方私達がどうして千年も人間界に残っていたのかは知っているわよね?」
「ピポパ、石のゴーレン、だろう?」
「そう――石化の術で石になってしまった私を、当時のパートナーの人間は、ずっと側においてくれたの…捨てちゃえば、良かったのにね、ただの石版よ?なのに、彼はずっと私に語りかけてきてくれた。レイラ、具合は悪くないかい、寂しくはないかい、大丈夫…僕がずっと側にいるよ…って――」
レイラは俯いた。パティもスカートをぎゅっと握り締めている。
「私…何度も、何度も何度も何度も聞こえない声で彼に言ったわ、もういいの、私の事はもういいの、って…彼はずっとずっと喋りもしない石の私を守り続けてくれて、死んで、いったわ…私はその時も彼の側にいたのに、お別れも、言えなくて、――涙も…流せなかった……」
それは――何て、むごい別れ方だろう。ただ本を燃やされて別れるだけではない、何て――
「コーラルQ」 レイラは顔を上げて、「ねえ貴方、ゾフィスに心を操られていたのが貴方のそのグラブという子だったら、きっと貴方だって戦っていたでしょう?」
突然言われてコーラルQはぐっと詰まった。グラブが?あそこにいた人間達の中に、もしグラブもいたら――?
「――当然だ!全力で助ける!」
もしももしももしも、していいのは想定だけだ、仮定の話はするもんじゃない、とグラブは言っていたけれど、もしもグラブがあそこにいたら。考えるだけで嫌なものが渦巻く。グラブが操られて利用されるなんて。
自分で何も考えなくていいから、楽かもね。
もしかしたらそう言うかもしれない。彼はいつもこの世界のありとあらゆる事で思い煩っていたのだから。 けれど自尊心が半端でなく高いあの子の事だ、誰かに利用されるなど真っ平ごめんだろう。だからやはり助けたい。グラブはグラブのままでいてほしかった。あの子がもうこれ以上苦しむ事などあってはならなかった。
あの子には、いつも笑顔でいてほしかった。
あの子はうまく笑えない子だったから。
「パティ、ビョンコ、解ってあげて。この世には色んな考え方の人がいるという事を。そしてそれは必ずしも悪意からくる考え方ではないという事を。そういう人達はね、何も生まれた時からそんな考えを持っていた訳ではないの」
パティとビョンコの顔を順番に見ながら、穏やかにレイラは続ける。
「育ってきた環境。それが彼らをそうさせたの。そういう世界で生きていく自分を守る為に、彼らは少しずつ自分だけの考えを育てていった…そうする事によって自分の心が壊れてしまわないようにする為に、彼らはどうしてもそうならざるをえなかったのよ」
「ゲ、ゲロ…難しいゲロ…」
困った顔で頭をかくビョンコに、レイラはふっと笑う。 「今はそれでいいの、これから理解できる筈だから…私は千年も人間を見続けてきたから」
パティも難しい顔で考え込んでいたが、コーラルQは口を開けてぽかんとしていた。
あの子はうまく笑えない子だった。
そうならざるを得なかった。
「――レ、レイラの言う事は解ったけどね、でもやっぱり凄いのはウルルの方だからね!沢山苦労もしてきたし!」
「アルヴィンもだゲロよ!若い時から頑張って畑を耕してきて、血の出るような苦労をしてきたって言ってたゲロ!」
「ウルルはパパが亡くなってからずっとママや妹達の面倒見てたの!一人でよ!お仕事探して働いて!グラブって子どもでしょ、だったら苦労なんてしてないんじゃなくて?」
「してたピヨ」 コーラルQはぽつんと言った。 「お前達、自分以外の全ての者が自分よりも劣って見えるのは、どんな気持ちか解るか?」
そう、訊いてきた時の、グラブの瞳は
「…え?」
「何度も言うがグラブは凄く頭がいい子だ。周りの人間など、大人でもバカばかりに見えるらしい」
「…んー…気分、いいんじゃない?大人より頭いいんだったら、自分は何でもできちゃうって思うんじゃない?」
「違う」
からっぽの空のような色だった。
「あの子はだから苦しんでいた。悲しんでいた。あの子は――うまく笑えない子だった」
コーラルQの種族には、表情というものがなかった。 感情表現の手段は声の調子によってか、彼らの種族だけが持つ特殊な電波の交信によってだった。 育つにつれ、他の魔物の子と遊ぶようになって初めて"表情"というものがある事を知った。
怒る、悲しい、楽しい。中でも"楽しい"時の笑顔というものはいいものだった。
グラブはいつも笑っていた。
この子の笑顔は、私が知っている笑顔とは違うようだとコーラルQは思った。口の端を軽くあげただけの、薄い、笑い。
コーラルQは知らなかった。
それは、"嘲り"という表情だった。
グラブはいつも、全てを嘲笑っていた。
何故お前はそんな風に笑う? ある時、そう訊いた。 笑顔とは、"そんな"ものではない筈だ。
グラブの瞳の色が、すっと薄くなったように見えた。
煩いよ、魔物さん、お前なんか笑う事自体できない癖に。
…確かに私は笑えない、だが――少なくとも、お前よりは笑顔らしい笑顔で笑う事ができる。
何だって?と、グラブは感情のこもらない声で言った。ヘイ、お前が僕よりうまく笑えるって?ハハ、ガマガエルが通りを渡っちまうジョークだね。お前が?笑いたければワセダに行ってWE-3RⅥのように造り直して貰うしかないようなお前が?
グラブは、にっこりと笑顔になった。
笑いとは、地球上で一番苦しんでいる動物が発明したものである。人間のみがこの世で苦しんでいるので笑いを発明せざるをえなかった。ニーチェの言葉だ。苦しんでいるが故の笑顔なら、僕はうまく笑えなくたってちっとも構やしないんだよ、コーラルQ。
「…どう、いう事?うまく笑えないって…」
「言葉通りだ。今レイラの言った言葉、それのように――あの子は頭が良すぎる所為でいつだって様々な事に思い煩わされていた」
グラブは子どもだ。コーラルQの年齢を人間に換算すれば、グラブの方が年上であったけれども、人間の寿命は魔物のそれよりも遥かに短く、生きてきた時間でいえばコーラルQの方がずっと上だった。 グラブはたった、十年とほんの少しだけしか生きていないのに。
「それらの事とうまく付き合っていく為に、彼はシールドを張るようにして自分だけの空間を作っていたようだった」
ニーチェという人間が言ったように、例え"苦しんでいるが故の笑顔"だとしても。
「グラブは本当の笑顔というものができないようだった。うまく笑えない、そうでしかありえなかった…あの子はもうどれくらい、心の底から笑った事がないのだろう?」
笑ってほしかった。
「グラブの事が心配だ」
――…コーラルQ…コーラルQ!全くお前はまたそんな…今までどうやって生活してたんだよ?僕がいなくなったら、大丈夫なのか?…
いつも彼に大丈夫かと心配されていたのはコーラルQ自身の方で。
だけど。
あの子はもう随分前から全てに見切りをつけていて、いらないものを何もかも放り投げてきたようだった。
あの子の手の中に残っていたものは何だったのだろう。
あの子がたった独りで抱えていたものは、何だったのだろう。
「グラブの悩みは母にも父にも、本当の意味で理解はされていないらしかった」
お母さん?…綺麗な人だよ。綺麗で…――優しい人だ。お父さんは普通の人、平均的父親像って感じだね。まあ良い両親なんじゃないのかな…何で彼らから僕みたいなのが生まれたんだろうね?
「友達もいなかった…いらない、と言っていたピヨ。皆バカすぎるから、と」
うなだれて話すコーラルQの言葉を、パティ達は口を挟む事も忘れて聴いていた。
「そんな…」 ビョンコが眼を見開く。 「そんなの、凄く寂しいゲロ…」
「私が本当に寂しいと思うのは」 コーラルQは眼を閉じる。 「その事をグラブ自身が少しも、これっぽっちも寂しいと思っていないという事だ」
誰も何も言わなかった。
風の音が、やけに寂しい。
「――貴方といる時は?」
「ピポ?」
パティが凛とした表情で言う、「貴方といた時はどうだったの?グラブって子、楽しそうだった?」
「グ――グラブは、データ収集や分析が大好きで、いつも楽しそうだったが」
「そういうんじゃなくて!ほら、私達が友達と遊んでる時みたいな!そういう、楽しい!」
データを集めている時。実に楽しそうだった。でもあれは違う。
戦闘中。リアルな対戦格闘ゲームのようで楽しいと言っていた。でもそれも違う。
あのねえ、コーラルQ、『風と共に去りぬ』っていう話があって、主人公の母は厳しくしっかりした女性でね、主人公は母親が椅子の背もたれに背をつけている所を見た事がないんだ。 解る?誰にも頼らず生きてきたって事、背もたれにもたれないみたいに誰にももたれるつもりはないって事――僕も彼女の様に、そうやって生きていきたいと考えているんだ。今までだっていつもそうして来たからね。
あの子はそう言った。そして本当に彼は、コーラルQに頼ると言う事を一切しなかった。いつだってコーラルQの方が彼に頼りきりだった。
だけど彼は本当は、コーラルQが共にいる事、ただそれだけで良かったのかもしれない。
何故なら、誰にももたれないと言っていた彼が――呪文によって変形している時だったが――コーラルQにもたれてきてくれた。 何にも心配する事なんてないみたいに、穏やかな表情で、自分の背中を預けてくれた。
それに、自分といる時に彼が見せたあの笑顔――あれは――
「――笑っていた…普通の、子どもと同じ様に」
グラブの笑顔が好きだった。
彼に笑ってほしかった。いつもこんな笑顔でいてほしかった。
――参ったよ…お母さんがさあ…
自分の部屋にこもりきりの時の方が多いらしいグラブは、トレーに載せられた食事を母に持ってこさせ、部屋の前に置いて貰っていた。 コーラルQが家に来てからは今まで以上に部屋にこもっている事が多く、だから部屋で二人だけで食べられる方が都合も良かった。 その食べ終わった食器をいつものように階下へ運び戻ってきたグラブが、扉を閉めながら何となく居心地の悪そうな顔で言ったのだ。
あの、さあ…ホラ、僕、最近ずっとお前と部屋にいるか外へ出てる方が多いだろ?
グラブには珍しく、歯切れの悪い口調だった。
だからお母さん達とはあまり顔合わせてないから…だから何を根拠に?って感じなんだけど、今、お母さんにさあ…最近――何だか楽しそうねって言われちゃったよ。何がだろうね?
グラブは口を尖らせながら頬をかいていた。
楽しそう――コーラルQと、一緒にいる事が。
「でしょう?」 コーラルQの返事に、パティは毅然として言った、「それでいいのよ」




――なあ、コーラルQ…これってさ…この本の色って、もしかして魔物一体一体ごとで違うのか?
データ収集をしている際、何体かの魔物達を観察してきた後でグラブが訊いてきた。
そのようだ。魔界で本が与えられた時、余所の家の子どもを見ると違う色の本を持っていたからな。
そういえば一番最初に闘った奴、あいつはワインレッドっぽい色だったな…ふうん。
グラブは面白そうに、自分が持っている赤みが強いココアのような色の本を眺めていた。 データをまとめる時に一緒に本の色もチェックしていくと決めたのもこの時だ。赤、青、黄、緑、紫、茶、黒と大まかに分類し、ゲームのような感覚で、今度はまた青だった、最近黄色が多いな、と後でデータを見て二人で言い合った。
本当に皆違うんだな。こっちはパソコンでやってるから簡単に色が作れるけどさ。
100色もご苦労な事ピヨ。
100色も?違うよコーラルQ、たった100色さ。あえて非科学的な言い方をするが、色は魔法の世界だ、この世に色は無限に存在する。面白いよ、色は。人っていう生き物はね、自分達を取り巻く色に様々な意味や理由を求め続けているのさ。
グラブは空を指差した。
例えば青は神様の色。自分達には手の届かない、神の在す空の色だからだ。その所為って訳でもないだろうけど、データによると人類が最も好む色は青系なんだ、僕も寒色が好きだけどね。青と赤は彼女が着ていたローブの色として聖母マリアの色でもある。欧米では緑は嫉妬を表す色、グリーン・アイといえば嫉妬の眼という意味だ。日本では赤は魔よけの色らしいね、だから神社のトリイ・ゲートなんかは必ず赤で塗られてる。 色には心理的効果もあるんだよ、青や緑は沈静、赤やオレンジは興奮、更には長波長の色と短波長の色とで距離感まで表現できる――これらは科学的に研究されているにも拘らず、まさに魔法、って感じだろ?
コーラルQは空を見上げたまま口をぽっかり開けていた。初めて触れる色の世界に、ただただ感銘をうけていた。
ふーん、でもそうか、100色、か…
グラブも空を見上げる。
お前は、虹の子どもなんだね。
ピポ?
虹には――まあ無彩色は含まれてないけどさ――色環の全てがあるからね。100体の魔物がそれぞれ本を持って並べば、きっと虹になる、お前は虹の子ども達の一人って訳さ。
今は虹などかかっていない、ただの青空を二人で見ていた。
魔界でも虹はかかる。綺麗なものだと眺めていたが、この自分が、その綺麗なものの一つとは。
コーラルQは何だか嬉しくなって、隣にいるグラブの白衣の裾をぎゅっと掴んだ。それやめろって言ってるだろ、皺になる、といつものように怒られたが、その口調も表情も普段より穏やかで、掴んだままでもそれからは何も言わなかった。
虹の根元を探してごらん。そこには宝物が埋まっているから。
詠うように、グラブが言った。
根元?と、コーラルQが不思議そうに見上げると、グラブはもういつもの表情に戻っていて、
くっだらない御伽噺さ、虹の根元まで辿り着くと、そこには宝があるっていう。
ピポパ、根元?しかし虹というのは…
そう!お前はちゃんと解ってるよな。虹っていうのは空中にある水滴で太陽光が分散されて現れるもので、橋みたいにあっちとこっちに支柱を埋めてできてるものではないんだ、根元なんてある訳がない。 そんな話を信じるのは子どもとよっぽどの莫迦だけって訳、だから人間界では莫迦な夢想家の事を、"虹を追う人"と呼んでいる。
一呼吸おいて、それでも、とグラブは続けた。
お前の場合は、本当に根元があるのかもしれないな。そこにある宝物は王の座、かな。
だってお前は、虹の子どもだものね。




「私達と人間はいわば半身、お互いにお互いしかありえないパートナー、足りない部分を補い合う関係なんだから。そんな貴方と短い間とはいえ確かに一緒にいたんですもの、その子がどんなに寂しくたって、その記憶を宝物みたいに大切にしていけば、きっと大丈夫よ」
「そうね、パティの言う通りだわ」 レイラも微笑む。 「大人は今までに何度も別れというものを経験してきててそれへの対処の仕方も学んできてるけど、子どもは違う。大好きなものとのお別れを認められずに、受け入れられずに、傷つき泣き叫ぶもの。だけどそのグラブって子は、精神的にも大人なようだから上手に自分の気持ちを処理できてるんじゃないかしら」
コーラルQはぐっと黙り込んだ。あの子は――弱さというものを一切他人に見せる事のなかったあの子は――心の奥底に、本当は誰よりも脆い部分があったのではないかと思う。
いらないものを全部棄ててきたグラブ、あの子の手の中の、一握りの"必要なもの"の中に自分は含まれているのだろうか。
「…まだ心配なの?」
それでも不安げな表情を変えないコーラルQにパティが訊いた。じっと彼を見つめていたが
「解ったわ。貴方にもいい事教えてあげる!」
と言って空を見上げた。ビョンコもレイラもああ、と頷いてパティに倣う。パティはコーラルQにも自分達の横に来るように言った。
「な、何をするのだ…!?」
「お話するのよ。グラブと話せば、貴方も安心なんじゃなくて?」
「ピポ!?」
思い切り眼を点にしたコーラルQに、パティは少し得意げに説明を始めた。
「ウルルと話したくなったら時々これをやるのよ。ビョンコとレイラにも教えてあげたの。あのね、空を見るのよ、夕方とか曇り空じゃあダメ、今日みたいに青空の時よ!こうやって空を見て、ウルル――貴方だったらグラブね――の事を想うの…そしたら、こっちとあっちでお話ができるのよ!」
青空と同じ色の瞳をきらきらさせながらパティが言った。ビョンコ達もにっこりと頷いている。
そんなバカな。そんな話は聞いた事もない。出来る訳がない。
「な…なぜ、空を見るピヨ?」
パティは大きな瞳を零れるように輝かせた。
「だって空は、どことでも繋がっているでしょう?」
そんな――非科学的な――と言おうとしたが、言葉が出てこなかった。もしかしたら。もしかしたら本当に。だがしかし…
まだ迷っているコーラルQに、パティが優しく囁いた。
「嘘でもいいの。想う事が大切なんだから」
ハッと顔を上げる。
そうだ。多分――きっと、パティも…ビョンコもレイラも解っている。空を通してのパートナーとの対話は現実のものではないのだと。でも、それでも。
だってお前は、虹の子どもだものね。
黒と白と灰色の、無彩色だけで構成されていた僕の世界に、色を付けてくれた虹の子ども。
グラブの声が思い出される。
それでも、話したい、もう一度、大好きなあの人と。
パティの横に並んだコーラルQを見て、レイラ達も微笑んだ。美しい花畑の中で、子ども達は青空を見上げた。




「コーラルQ、魔界の文字ってこんなのなのか?」
魔本の表紙を指差して、グラブが訊いた。
「ああそうだ」
「へーえ、全くの異文化だな。キリル文字に似てるかなと思ったんだけど、地球上の文字にはどれも相当してないし。あ、じゃあお前も呪文読めるのかい?」
「いや、全く読めないピヨ」 コーラルQは首を振る。 「正しく言えばお知らせなど色がつけば私にも読めるが、それ以外は魔界の文字であるのに読めない。それはお前にしか読めない、勿論他の誰にも。お前だけの本なのだ」
そっか、とグラブは呟いた。本を顔の前に掲げる。
「じゃあこれも、僕だけの色なんだね」
僕の色。僕とお前だけの色。




「グラブ」
コーラルQは心の中で呼びかける。眼を閉じる。彼の名を呼ぶ。コーラルQは空の中にいた。
「ばっかじゃないの?」
あまりにも懐かしい声が聞こえてきた瞬間、コーラルQは飛び上がりそうになった。目の前には、いつも見ていた彼の顔。
「グラッ――」
思わず抱きつこうとしたコーラルQにグラブは容赦なくデコピンをくらわせた。
「いだーッ!!」
「全く僕がお前に教えてきた事は何だったのさ?こんな非科学的でくっだらない事クソ真面目にやってさあ」
「だけど、私はお前が心配で…」
「お前なんかがこの僕の心配をするのは千年早いよ。そういう口は王様になってから利くんだね」
「…つまり」 コーラルQは答えた。 「一生無理だと言う事か」
「そ。よく解ったじゃないか?」
ありとあらゆる皮肉と例えが散りばめられたグラブの辛辣な文章表現をいつも聞いていれば、誰でも解るようになるだろう。けれど今ではその悪口雑言さえ何度でも聞きたいと思う。
「お前こそちゃんとやってるのか?歩いてて穴に落ちたりしてないだろうな?下らない真似はしてないな?」
「だ、大丈夫だ!私は沢山学習したからな!今ならばあのガッシュ達にだって負けないピヨ!」
「あは、それはいい事だね、ま、僕も二度目があれば絶対に負ける気ないけどさ。ガッシュってまだそっちに帰ってないよな?」
「その筈だ」
「あいつら、この僕らに勝ったんだ、それで負けたら…王にならないと絶対に許さないからな…見てろよキヨマロ負けたりしたら手始めにお前のパソコンに僕が作ったウイルス送ってやる…」
これだ。この表情。コーラルQが震えガってしまう程に怖ろしい眼。前と同じにガタガタ震えながらも、コーラルQは懐かしさに涙が出そうになった。
「僕はさあ」 驚くほど一瞬のうちに表情を一変させ、グラブは話し始めた。 「行き始めたよ、学校」
「な、何っ、本当か!?」
「お前に嘘は言わないよ。大学でね、外見大人で中身はてんでガキっていう人が実に多くて――頭は良いんだけど――しつこく僕に構ってきて…でも、まあ、彼らは仲間と呼んでもいいんじゃないかとは思うよ。うん、比較的楽しい毎日だよ。学校なんて全然行く気はなかったんだけど、…お前の所為だ。お前と会ったから僕の世界はすっかり変わってしまったんだ」
グラブはコーラルQの頭に手を置いた。その感触に、あ、と思う。グラブは彼の頭を撫でてくれた。
「皆本当に莫迦ばっかりだった。僕が世界の中心だった。そう思い上がる事で僕は生きてこられた。そして僕の前に、僕の唯一のパートナーが現れた。楽しかった。とても、最高に。あの時、世界は僕のものだった。お前は僕に、世界そのものをくれたんだ」
寒空のような薄いブルー。温度の低いグラブの瞳が、温かみを帯びていた。
「お前と僕は別たれた。世界は僕のものではなくなった。だけど僕の手の中には、お前と一緒に見たあまりに美しい世界の記憶が残った。僕は世界の本当の広さを知った。だから自分で歩き出したんだ、初めはなっさけなくお前に手を引かれてだったけどね、今は僕だけで」 しっかりと、グラブは言った、「僕は大丈夫だよ」
そう言って、にっこりと微笑んだ。
ハッとなった。彼の笑顔。この笑顔。嘲りではない――彼の、本当の笑顔。
「――いい、顔で…笑うようになったな、グラブ」
自分にも表情があったなら、きっと同じ様に笑っているだろうと思いながらコーラルQが言うと、グラブはまるで泣きそうな笑顔になった。
「一番お前に…そう言って貰いたかったんだ…」 何かを堪えるようにして言葉を続ける。 「お母さんとかにも言われたんだけど、でも、前とは違う僕を一番見せたかったのはお前で、笑いたかったのもお前で、その言葉を一番聞きたかったのもお前からなんだ…コーラルQ」
この子はうまく笑えない子だった。
けれど今、コーラルQの前には、青空のように笑う少年がいた。
「待っててよ、僕はもう一度お前に会いに行く」 少年は言う。 「いつになるか、どこで会うか解らないけど、絶対会う。もう一度、お前と」
「ピポ!? …あ、えるのか、そんな事、可能なのか…!?」
「僕らは未来ある子どもだぜ、可能性を信じなくてどうするのさ」
変わらない、確固たる自信にみちた笑み。コーラルQはいつもこの表情を見て安心していた。言葉を聞いて安心した。グラブがそう言うのなら、絶対に大丈夫だと。できない事などないのだと。
「虹を自分のものにしなよ、コーラルQ。前も教えたね、虹を追う人という言葉を、虹という言葉には…現実にはありえない夢という意味だってある――だけどお前は、虹の子どもだろ?」
自分も彼の様になりたいと。
「…私は…ずっと、グラブ、お前の様になりたかった…なれる、だろうか――」
「なれる訳ないだろ」
「ぶっふぉ!!」
「お前はお前、僕なんかじゃない」 思わず噴出したコーラルQに、グラブは言う。 「お前はお前だけになれるんだ。僕を目標にするのはまあいいけどさ、僕だけを見ていちゃいけない、お前はもっともっともっと…無限の可能性があるんだから」
眼鏡をかけ直して、グラブは続ける。
「大体――そんな事言いたいのは僕の――って、ああ、いいやもう!」
「何?何だグラブ!?」
「あのさあもしかしてそっちに手紙――いやいいよ、何でもない」
「何だグラブ何だ何だ!? ノォッ!!」
ぴょんぴょん跳びはねてグラブにまとわりついていたコーラルQは再び強烈なデコピンを食らわされた。頑丈なボディをしているというのにこの痛さとは、グラブは一点集中型の威力をよく心得ている。
「さ、もういいだろ?これ、そんなに長くやってる訳にもいかないだろ」
「う――だけどグラブ…」
「なっさけない顔するんじゃない、また会えるだろ。全く、少しは成長したかと思ってたのにもっとしっかりしろよ、お前はこの僕のパートナーなんだから」
「オ…OKだ、グラブ!」 グッと拳を握る。
「よしっ」
グラブは立ち上がった。
「じゃあまたな、コーラルQ――僕の最高のパートナー」



目を開けると、青空だけが見えた。
コーラルQは暫くの間、ずっと空を眺めていた。
はっと気付いて他の3人を見ると、皆も目を開け、微笑んで空を見ていた。こちらを向いたパティと眼が合った。彼女の瞳には透き通った青空がある。
「どうだった?」
「…グラブと、話せた…礼を言うピヨ」
例えこれが全て空想だとしても。ただ、彼ならこう答えるだろう、彼にはこうなっていてほしい、という自分の中の願望と話をしたのだとしても。 何故だろう。世界を隔たれているあの子と本当に話が出来たという気がしてならない。そんな筈ないのに。空を通じての対話など、ありえないのに。
「でっしょう!? ほーら御覧なさい!パティちゃんの言う通り!」
「アルヴィンにまたお話して貰ったゲロよ!」
「アルったら今日も学校お昼から行ったんですって…あの子おさぼりさんだから」
「ウルル料理褒めて貰ったって!エヘヘ、さすがウルルだわ!」
皆、楽しそうに互いに報告をしている。本当に嬉しそうに笑う彼女達は、きらきらと輝いて見えた。
虹の子ども達。
「――虹を探しに行こう」
コーラルQの呟きに、ぴたりとお喋りがやむ。
「虹って…」 と、パティは掌を太陽に翳し、「アクル!」
水流が迸る。色鮮やかな花々の上に水の欠片が降り注ぐ。 「これの事?」
パティの手から生まれた水は、小さく美しい虹を作り出していた。
「そう、その虹だ!だがそういう小さな奴でなく、空に架かる大きな虹ピヨ!」
「探すってどういう事だゲロか?雨が降ればすぐに見られるゲロよ!」
そうだ、虹を探しに行こう。
あの子が教えてくれた美しい虹を。
「教えてやろう!いいか、虹の根元にはだな!…」
同じ虹の子ども達と一緒に。
王にはなれなかったから、別の宝が埋まっているのだろうか。ひょっとすると、あの子からの便りでも落ちているかもしれない。
「わあっ、それほんと!? 素敵!」
「今度雨上がりに行ってみましょうか。根元まで辿り着けるかしら」
「あ、雨の匂い――向こうの方で雨降ってるゲロよ!」
「行ってみるピヨ!」
子ども達はわっと駆け出した。瞳を輝かせながら駆けていく。
さあ、何が見つかるだろう。
美しい空に踊ってみてごらん、無限の煌きを持つ子ども達。
夢を見るのだ、きらきら光る綺麗な夢を、いつか空に架かる虹の夢を。
みんな、虹の子どもなのだから。






妄!想!炸★裂!
ちょっと会話させてみたかった組み合わせ。
コーラルQのご両親というか一族の皆様が全く想像できません。 全部コーラルQと一緒の姿でたまに睫毛ついてたりお腹の文字が別のアルファベットだったりとかそんなのしか浮かびません。大人も子どももサイズ一緒のような気がします身長伸びたりするんでしょうか。
それと映画では魔界の空、めっちゃグラデだったんですがこれは青空という事で一つ…
容量節約の為こっちのサイトでは壁紙つけないようにしてるんですが、これは虹の壁紙つけたかったな!

05.8.5


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